2011年 09月 14日
Farmers Market - 9/5 公演 |
Farmers Market の公演が9/5 、東京青山のライヴハウス「月見ル君想フ」にて開催された。 音楽とは何だろうか。音を楽しむ、というのがシンプルな回答だろう。そんなの当たり前だと言われそうだが、ここには奥深い課題が幾つか横たわっている。例えば、どんな音楽でも楽しいのか。自分が興味を持たないジャンルや歌手、楽器の音楽も楽しめるのか。初めて聴いた音楽でもすぐに面白いと思えるのか。いろいろ「勉強」しないとわからない類の音楽は本当に楽しいのだろうか。
Farmers Market のライヴは、これらに一つの解答を与えている。本当にうまくやれば、何でも楽しくできる。「うまく」というのは技術的なことだけではない。ライヴの場の作り方、オーディエンスの反応すら「音 - 楽」に取り込む、臨機応変の即興性が大切だが、プレイヤーが即興に入れ込んでしまってオーディエンスの「楽しさ」がおいてきぼりになってもいけない。だからといって、ファンにおもねるような、一種やらせ的演出が過ぎては、今度は音楽の「音」がダメになってしまう。真剣なレベルにおいては、「音」と「楽」の共存は簡単にできそうでいて、できないのだ。
鋭い刃で、普通のやり方ではついていけないような新しい音をどんどん切り開きながら、どうやって聴いてくれる人を楽しませるか。「ノレナイ」変拍子を立て続けに出しながら、会場から驚きとともに屈託のない笑い声を導く。Farmers Market のライヴは音楽というものの一つの究極を垣間見せてくれる。 9/5 のライヴは、ご覧になった多くの方が既にネット上に書いているように、一言では言い表せない、驚愕の体験だった。これまでにも来日していて、過去のライヴはすべて見ているが、今回のものはそれらを凌駕していた。もちろん、演奏は超A級だ。でも、そこにとどまらない。演奏テクニックに奢らず、見方によっては複雑怪奇ともいえる曲を実に「幸せ」に演奏してしまう。そうだ、Farmers Market は「幸せクリエーター」だ。ライヴで一曲一曲と進むうちに、皆楽しさで一杯になってくる。メロディーラインを全部フォローすることは不可能だ。リズムやビートをおさえるのも普通の人には無理だろう。でも構わない。それは、むしろ表層だ。バンドと深いところで共振する人間の心が喜んでいる。 二回に分けたセッションでは前半では着席、後半ではバンドの要望もあって立見(踊り)となった。会場一杯のオーディエンスは皆全身で楽しんでいた。ヨーロッパ大陸の北西端、ノルウェーから来た5人組は音楽の明日に大きな希望をもたらした。
音楽を演奏しながら、音楽という領域を超える。それをはっきりとわからせてくれるFarmers Market は、音楽の持っている大きなポテンシャルを提示している。それをうまく活かさなければならない。
photo:前沢春美
Farmers Market のライヴは、これらに一つの解答を与えている。本当にうまくやれば、何でも楽しくできる。「うまく」というのは技術的なことだけではない。ライヴの場の作り方、オーディエンスの反応すら「音 - 楽」に取り込む、臨機応変の即興性が大切だが、プレイヤーが即興に入れ込んでしまってオーディエンスの「楽しさ」がおいてきぼりになってもいけない。だからといって、ファンにおもねるような、一種やらせ的演出が過ぎては、今度は音楽の「音」がダメになってしまう。真剣なレベルにおいては、「音」と「楽」の共存は簡単にできそうでいて、できないのだ。
鋭い刃で、普通のやり方ではついていけないような新しい音をどんどん切り開きながら、どうやって聴いてくれる人を楽しませるか。「ノレナイ」変拍子を立て続けに出しながら、会場から驚きとともに屈託のない笑い声を導く。Farmers Market のライヴは音楽というものの一つの究極を垣間見せてくれる。
音楽を演奏しながら、音楽という領域を超える。それをはっきりとわからせてくれるFarmers Market は、音楽の持っている大きなポテンシャルを提示している。それをうまく活かさなければならない。
photo:前沢春美
by invs
| 2011-09-14 12:05
| Farmers Market