Picidae 日本ツアーは28日、長野県峰の原高原 halftone でのコンサートをもって終了した。
結成5年を経て、Picidae は更に成長していた。繊細な音づくりはそのままに、一まわり大きな安定感と説得力を感じたツアーだった。

いい音楽のベースにはほとんどの場合いい作曲があるものだが、Picidaeはそれが最もはっきり出ている。基本的に Taraが作曲して歌詞を考え、Eirik と一緒にアレンジを考えるという形になっている(数曲、Eirik作曲もある)が、いわゆる「捨て曲がない」。どの曲も素晴らしい。みな短めなのだが、そこにこそPicidae の特徴がある。よく練られたアレンジによって、無駄をそぎ落とされた演奏がTaraの声を引き立てる。たった二人の演奏なのに、音が豊かに広がっていく。原曲がよい上に、ストイックともいえるほど音数を抑制しているのが効果をあげている。それも、高度なテクニックを使いながら、それはあくまで「従」と位置づけている。前面に出てくるのは哀愁を帯びた、ストレートな歌心と言っていい。

会場では涙を流して聴いている人もよく見かけた。Tara は別に情念これみよがしに歌っているわけではない。竪琴をつま弾きながら、むしろ静かに、しみいる如く、ささやき、つぶやき、訴える。これにごく小さな音量で奏でられるトランペットや Eirik の歌声、彼が弾くカリンバやシンセ・ベース音が絶妙に絡まる。するとそこには予期せぬ広い空間が拡がるのだ。音と音質はとてもよくコントロールされているが、これなくしてはPicidae の音楽は成立しない。自然体で演奏している裏には、徹底した「職人技」がある。

今回ツアーの会場となった所はどこもユニークで、いわゆる貸しホール的な場所は一つもなかった。美術館・博物館、ライヴハウス、カフェ、ペンションと大きな環境の違いは音響的にはチャレンジだが、それをむしろ好材料として逆にメリットとしてしまうのも Picidae の特徴だ。ユニットが二人ということでやりやすい面もあるが、アコースティック環境、エレクトロニック環境どらちでも、自在に対応できる。ペンションのhalftone では公演直前のサウンドチェックで、その両方を試し、結局アコースティック・エレクトロニック折衷システムになったが、その結果は素晴らしいものだった。

竪琴(ライアー)とTara の声は親和性が高い。そこにEirik のトランペット(今回は曽祖父が使っていた「江戸時代」のものも持参)が立体感を与える。とてもシンプルな楽器構成が、逆に聴く者の脳内環境をポジティヴなアラート状態に持っていき、音への強い関心を呼び寄せる。楽器の数や音数、音量などの「物量」によっては決して得られない異次元の窓が開くのだ。そこに素直に近づき、外を見れば、これまで決して得ることができなかった深い感銘が待っている。


photos: 10/26 「晴れたら空に豆まいて」公演 前沢春美