Sinikka Langeland (シニッカ・ランゲラン)の東京公演が9/3、代官山のライヴハウス「晴れたら空に豆まいて」で行われた。

ヨーロッパの伝統と現代における継承・革新はいろいろな分野でよく目にする。伝統の中で評価すべきところはしっかりと守りながら、でも常に新たな目でもって新しい価値を生み出そうと努力している。今回のSinikka Langeland の公演では、それが如実に感じられた。
カンテレというフィン族の民族楽器を使い、それに歌を合わせる。それは北欧各国の詩に自ら曲をつけるというだけのものではない。各国語に通じていることはもちろんのこと、それぞれのユニークな文化と習俗、音楽世界を肌身で知っている必要がある。そういう意味で、Sinikka ほど適任のミュージシャンはいない。
Sinikka の母親はフィンランドの東カレリア地方(現ロシア領、フィン族の伝統色濃い地域)に生まれ、11歳の時にスウェーデン に行き、そこで父親となるノルウェー人男性と会い、ノルウェーに移住している。よって、Sinikka はノルウェー生まれだが、スウェーデン語が母国語だ。そして、現在はノルウェー内の政府認定少数民族(フィン族の末裔)が住んでいるスウェーデン との国境近くの森に住んでいる。熊や大鹿など動物が多く住む大自然の真っ只中だ。
そういう家庭環境と居住環境があってはじめて三ヶ国語の詩を説得力のある歌にできるのだ。借り物の外国語で歌を歌うことほど危険なことはない。たとえ聴く人が普通の人であっても、どこか何か胸に響かないものを敏感に感じ取ってしまう。

Sinikka の歌は本物だった。39弦のコンサート・カンテレにのって流れ出てくる歌は普通の日本人には「意味のある歌詞」というより「音」の羅列のはずだが、そこには明らかに誰をも納得させる力が宿っていた。それぞれの文化を理解した上で発せられる息を吹き込まれた音というのはただの「音」ではなくなる。
カンテレ自体も圧巻だった。やはり39弦という音の幅が意味を持つ。深いベース音から高い音まで、巧みな演奏技法とあいまって、一台の楽器以上の音が鳴っている感覚を持つ。弦を手ではじくだけではなく、細くて短い棒状のバチのようなものを両手に持って演奏する。或いは、弦を平手でたたくようにして振動させたり、半音を作り出すレバーを左手で操作して複雑な調音に対応したりする。カンテレではミュート(消音)して余計な音が出ないようにするテクニックが大事だが、39 弦のものを使って複雑な音階のメロディーを出していくのは大変だ。Sinikka もリハやサウンドチェックには十分時間をかけていた。

会場でのPAとエンジニアの優れたバックアップもあり、Sinikka のライヴは単なるソロというよりは、バンド演奏的な要素も多い、重層感溢れるものとなった。伝統楽器というイメージにとらわれ過ぎると忘れがちになるが、ヴォーカル用の小型マイクを仕込んだ特殊ヘッドセットを頭に着用するなど「現代」も生かすヨーロッパらしいライヴだった。
曲はECM 録音のアルバム"Starflowers"と今月発売の "The Land That is Not" からの選曲が主体となっていた。但し、ECM 特有の空気感とは別な、もっとSinikka の個性がはっきり出た公演だったように思う。
セットリスト
The Land That Is Not
What Is Tomorrow
A Strip Of Sea
Triumph Of Being
The River Murmurs
Lycky Cat
It's The Dream
The Tree That Grows Upside Down
Rocksalt
Voi Veikkonen
Mooserune
Elkhart
Ljuset strommar inn
photo:前沢春美