2012年 06月 14日
Peter Sinfield - King Crimson |
1973年にPeter Sinfield がイギリスのテレビ番組でバックバンドとともにスタジオ・ライヴをしている映像がある。当時、King Crimson を離れていたPeter は、もともと歌手ではなかったが、自分がメイン・ヴォーカルをとるソロ・アルバム "Still"をリリースしていた。King Crimson では歌詞を書き、バンド全体のコンセプト・メークにかかわっていたといわれ、ライヴでは照明なども担当していたという。
映像は 曲"The Song of the Sea Goat"、バックはフルートに Mel Collinsが見える。ピアノはPhil Jumpらしい。ベースは John Wettonだろうか。オルガンは帽子を被った人物だが、誰だろうか。ドラムは顔がよく見えないが Ian Wallace か。
Sinfield 関連ではもう一つ興味深いヴィデオがある。Sinfield とやはりKing Crimson オリジナル・メンバーであった Ian McDonald が曲 "In the Court of the Crimson King"を作り出す過程について語ったインタヴュー映像だ。Sinfield が最初に作っていたのは、歌詞はまったく同じだが、何とボブ・ディラン風のフォーク・ソングだったという。Ian McDonald がギターを使い最初のメロディー・ラインを考えだし、歌詞は同じだが別の曲に仕上げてしまったのだ。
あの歴史に残る名曲が生まれたプロセスは興味深い。若い頃の友人同士(Sinfield/McDonald はロンドン西部で一緒のアパート生活 - 人との出会い)、自発的行為(Sinfield の作詞作曲、McDonald は軍隊での音楽活動をやめたところで次を探していた)、意識的方向性と偶然(McDonald による曲の書き換え)が元にあり、その上に更に他のKing Crimson メンバーの参加(出会い・意識・偶然)が重なる。
インタヴューによると、1960年代後半、地方からロンドンに集まってきたミュージシャン(Sinfield によると 300-400人くらい)は当時のジャズの実験的な音楽環境に放り込まれたようだ。これが King Crimson 誕生の下地にあるのは間違いないだろう。それはジャズ・ミュージシャン(ピアニスト)のKeith Tippet が一作目のアルバムに参加していることからもうかがい知れる。最初、Sinfield/McDonald とは別に活動していたPete Giles/Michael Giles/Robert Fripp の三人もその影響下にあったと思う。
そしてもう一つの化学変化の要因はロック・シンガーであった Greg Lake の参加だろう。彼の声で King Crimson は完成する。ベースが弾けなかった彼にRobert Fripp が教えた(といわれる)上での登場となった。
「人事を尽くして天命を待つ」にどう連なるか。そこが肝要だ。
映像は 曲"The Song of the Sea Goat"、バックはフルートに Mel Collinsが見える。ピアノはPhil Jumpらしい。ベースは John Wettonだろうか。オルガンは帽子を被った人物だが、誰だろうか。ドラムは顔がよく見えないが Ian Wallace か。
Sinfield 関連ではもう一つ興味深いヴィデオがある。Sinfield とやはりKing Crimson オリジナル・メンバーであった Ian McDonald が曲 "In the Court of the Crimson King"を作り出す過程について語ったインタヴュー映像だ。Sinfield が最初に作っていたのは、歌詞はまったく同じだが、何とボブ・ディラン風のフォーク・ソングだったという。Ian McDonald がギターを使い最初のメロディー・ラインを考えだし、歌詞は同じだが別の曲に仕上げてしまったのだ。
あの歴史に残る名曲が生まれたプロセスは興味深い。若い頃の友人同士(Sinfield/McDonald はロンドン西部で一緒のアパート生活 - 人との出会い)、自発的行為(Sinfield の作詞作曲、McDonald は軍隊での音楽活動をやめたところで次を探していた)、意識的方向性と偶然(McDonald による曲の書き換え)が元にあり、その上に更に他のKing Crimson メンバーの参加(出会い・意識・偶然)が重なる。
インタヴューによると、1960年代後半、地方からロンドンに集まってきたミュージシャン(Sinfield によると 300-400人くらい)は当時のジャズの実験的な音楽環境に放り込まれたようだ。これが King Crimson 誕生の下地にあるのは間違いないだろう。それはジャズ・ミュージシャン(ピアニスト)のKeith Tippet が一作目のアルバムに参加していることからもうかがい知れる。最初、Sinfield/McDonald とは別に活動していたPete Giles/Michael Giles/Robert Fripp の三人もその影響下にあったと思う。
そしてもう一つの化学変化の要因はロック・シンガーであった Greg Lake の参加だろう。彼の声で King Crimson は完成する。ベースが弾けなかった彼にRobert Fripp が教えた(といわれる)上での登場となった。
「人事を尽くして天命を待つ」にどう連なるか。そこが肝要だ。
by invs
| 2012-06-14 11:20

