2012年 08月 20日
Bugge Wesseltfoft - Oslo Jazz Festival |
Oslo Jazz Festival 3日目もいろいろなプログラムがあったが、その内 Bugge Wesseltfoft の公演(オスロ時間 8/15 19:30)を見てきたので、書いておく。会場はオスロ市内、オスロ大学のメインビル内にあるホール "Aula" で開催された。このホールはムンクの壁画「太陽」が描かれていることで知られている。
会場にはおよそ 380名ほどの人が入っていた。8割弱の入りだ。ホール正面のステージにはグランドピアノが一台設置されている。19:30 を過ぎてしばらくしてBugge が登場した。とてもラフな普段着の格好が彼らしい。Tord Gustavsen Quartet がステージではスーツ姿(ネクタイはなし)なのと対照的だ。
この日は、ピアノ・ソロでかつ彼のアルバム "Songs"から演奏されることが事前に告知されていた。Buggeはカジュアルに話しながらも、ピアノの前に座ると直ちに曲の演奏を始めるという形を全ての曲でとっていた。これから弾くぞという構えを全くといっていいほど見せず、さらりと始めてしまう。曲の合間には冗談を言ったり、お客さんに質問したりして、くだけた雰囲気だ。
曲は彼が子供の頃から慣れ親しんだジャズ・スタンダードをベースに彼の解釈を加えて演奏したものだった。これについては、以前、彼自身が語っているので、ここに引用しておく。
「ジャズが大好きだ。父親のレコードを聴いて育って、8歳から演奏して音楽を学ぼうとした。最初は家にあった古いピアノ、後にヤマハのエレクトーン(バカみたいなエレクトロニック・リズムボックスも含まれている)を Jimmy Smith になりきって弾いていた。その後 Fender Rhodes やシンセを弾き、ようやく22歳で買えたピアノを毎日のリハで弾けるようになった。でも、これまでコンサートではそういう曲を演奏してこなかった。素晴らしいスタンダード曲にはとても多くの解釈を施した演奏があった。輝かしい演奏家による輝かしいヴァージョンがあった。 天才を一人や二人あげると、Bill Evans, Errol Garner, Art Tatum, Oscar Peterson, Ray Charles, Keith Jarrett がいた。同様に、意味のない、漠とした、架空の競争の中で技術をひけらかす、とんでもなく悪い、破壊的なヴァージョンもあった。何年もの間、毎日何時間もそれらの素晴らしい(スタンダード)曲を演奏したりしてきて、それらの美しい曲に対して敬意を払い、賞賛を贈り、喜びを表した上で、ようやく自分のヴァージョンも録音に値すると思った。」
ピアノはアタックが弱めの、少し表面を流していくような弾き方だ。だからといって、流れるようなという感じでもなく、「上っ面」という感じでもない。ありそうでない、言葉で表現するのが難しい。多分、子供の頃から慣れ親しんだ曲のせいもあり、すべてをそらんじていながら自分流の解釈を加えていくとこういう形になるのだろう。気負いのない、ストレートだが、気張らない演奏だった。
ちょっと前にはオーケストラをバックにバッハを演奏したと聞いた。クラブ・ジャズ系のレーベル経営で一時期一世を風靡し、その後世界各地に出没したBuggeだが、ここのところ音楽産業全体の低迷もあって、ビジネスの方は芳しくないようだ。原点回帰のピアノ・ソロが、他のグループ系活動とともにここ数年続いているが、それも故あってのことかもしれない。
会場にはおよそ 380名ほどの人が入っていた。8割弱の入りだ。ホール正面のステージにはグランドピアノが一台設置されている。19:30 を過ぎてしばらくしてBugge が登場した。とてもラフな普段着の格好が彼らしい。Tord Gustavsen Quartet がステージではスーツ姿(ネクタイはなし)なのと対照的だ。
この日は、ピアノ・ソロでかつ彼のアルバム "Songs"から演奏されることが事前に告知されていた。Buggeはカジュアルに話しながらも、ピアノの前に座ると直ちに曲の演奏を始めるという形を全ての曲でとっていた。これから弾くぞという構えを全くといっていいほど見せず、さらりと始めてしまう。曲の合間には冗談を言ったり、お客さんに質問したりして、くだけた雰囲気だ。
曲は彼が子供の頃から慣れ親しんだジャズ・スタンダードをベースに彼の解釈を加えて演奏したものだった。これについては、以前、彼自身が語っているので、ここに引用しておく。
「ジャズが大好きだ。父親のレコードを聴いて育って、8歳から演奏して音楽を学ぼうとした。最初は家にあった古いピアノ、後にヤマハのエレクトーン(バカみたいなエレクトロニック・リズムボックスも含まれている)を Jimmy Smith になりきって弾いていた。その後 Fender Rhodes やシンセを弾き、ようやく22歳で買えたピアノを毎日のリハで弾けるようになった。でも、これまでコンサートではそういう曲を演奏してこなかった。素晴らしいスタンダード曲にはとても多くの解釈を施した演奏があった。輝かしい演奏家による輝かしいヴァージョンがあった。 天才を一人や二人あげると、Bill Evans, Errol Garner, Art Tatum, Oscar Peterson, Ray Charles, Keith Jarrett がいた。同様に、意味のない、漠とした、架空の競争の中で技術をひけらかす、とんでもなく悪い、破壊的なヴァージョンもあった。何年もの間、毎日何時間もそれらの素晴らしい(スタンダード)曲を演奏したりしてきて、それらの美しい曲に対して敬意を払い、賞賛を贈り、喜びを表した上で、ようやく自分のヴァージョンも録音に値すると思った。」
ピアノはアタックが弱めの、少し表面を流していくような弾き方だ。だからといって、流れるようなという感じでもなく、「上っ面」という感じでもない。ありそうでない、言葉で表現するのが難しい。多分、子供の頃から慣れ親しんだ曲のせいもあり、すべてをそらんじていながら自分流の解釈を加えていくとこういう形になるのだろう。気負いのない、ストレートだが、気張らない演奏だった。
ちょっと前にはオーケストラをバックにバッハを演奏したと聞いた。クラブ・ジャズ系のレーベル経営で一時期一世を風靡し、その後世界各地に出没したBuggeだが、ここのところ音楽産業全体の低迷もあって、ビジネスの方は芳しくないようだ。原点回帰のピアノ・ソロが、他のグループ系活動とともにここ数年続いているが、それも故あってのことかもしれない。
by invs
| 2012-08-20 13:48

