2014年 01月 12日
Huntsville - バンドの生い立ち |
ノルウェーのバンドHuntsville がどのようにバンドとしてスタートしたかについて、大変興味深いインタヴュー記事がある。 ポーランドの音楽サイト Popupに掲載されたものだ。インタヴューは2012年11月にポーランドでのライヴ時にIvar Grydeland に対し、直接会って行われている。
photo:Andreas Ulvo
Huntsville のアルバム "For Flowers, Cars and Merry Wars" が2011年に、Ivar のソロ・アルバムが2012年にリリースされているが、Ivar GrydelandはシンガーのHanne Hukkelberg を伴い2012年に二回ポーランドで演奏している。
以下、インタヴューの一部を和訳した。
アクシデントか幸運で起きることだ。ドラマーのIngar とベースプレイヤーのAntonio とは 1998年から一緒に演奏してきていたが、(注:Ivar を入れた3人では)やるべき音楽が見つからなかった。それまではより実験的でノイジーなフリー・インプロヴィゼーション・ジャズのコンビネーションを演奏していたのだが、トリオとしては演奏すべき素材を見つけられなかった。
Ingar と私はデュオとしても長い間一緒にやっていた。ある時、大人数アンサンブルの大きなプロジェクトに二人とも参加した。私はその時、やっていた音楽に少しばかり困惑し飽きてしまったので、外国の楽器を買った。私は楽器を買うのが好きだ。というのも、新しいアイデアを生むきっかけをくれるからだ。例えば、最近テノリオン(注:ヤマハのエレクトロ二クス楽器)に出会ったが、私のソロ・アルバムの多くはそれからできている。
Huntsville はIngar とこのプロジェクトをやった日に始まったといえる。大アンサンブルでは二人ともソロ奏者だったので、アンサンブル全体とは別にサウンドチェックをしていた。そういうわけでリラックスする時間がたっぷりあった。郵便局からタブラ・マシーンが入ったパッケージを持ってきた。それをIngar が試しにスネア・ドラムの上に置いて、私はアコースティック・ギターを弾いた。スネア・ドラムの上でタブラ・マシーンが振動しているのに合わせて、とてもシンプルな開放弦のギター・コードを弾くとものすごく素晴らしい音になった。これを多分5分ぐらいやった。Ingar はタブラ・マシーンにリズムを入れて、同時にそれに合わせて自分でドラムを叩いた。私はゆっくりと、別のテンポでギターのコードを弾いた。とてもいい音だった。その瞬間、Ingar と私にまったく新しいい世界が開けたのだ。Tonny(注:Antonio)のベースの弾き方を知っていたので、Ingar と私はベースが素晴らしく合うはずだとすぐに思った。Tonny と一回会って幾つかのアイデアを見つけ、それがHuntsville の始まりとなった。随分と運が良かったと思う。

Huntsville のアルバム "For Flowers, Cars and Merry Wars" が2011年に、Ivar のソロ・アルバムが2012年にリリースされているが、Ivar GrydelandはシンガーのHanne Hukkelberg を伴い2012年に二回ポーランドで演奏している。
以下、インタヴューの一部を和訳した。
アクシデントか幸運で起きることだ。ドラマーのIngar とベースプレイヤーのAntonio とは 1998年から一緒に演奏してきていたが、(注:Ivar を入れた3人では)やるべき音楽が見つからなかった。それまではより実験的でノイジーなフリー・インプロヴィゼーション・ジャズのコンビネーションを演奏していたのだが、トリオとしては演奏すべき素材を見つけられなかった。
Ingar と私はデュオとしても長い間一緒にやっていた。ある時、大人数アンサンブルの大きなプロジェクトに二人とも参加した。私はその時、やっていた音楽に少しばかり困惑し飽きてしまったので、外国の楽器を買った。私は楽器を買うのが好きだ。というのも、新しいアイデアを生むきっかけをくれるからだ。例えば、最近テノリオン(注:ヤマハのエレクトロ二クス楽器)に出会ったが、私のソロ・アルバムの多くはそれからできている。
Huntsville はIngar とこのプロジェクトをやった日に始まったといえる。大アンサンブルでは二人ともソロ奏者だったので、アンサンブル全体とは別にサウンドチェックをしていた。そういうわけでリラックスする時間がたっぷりあった。郵便局からタブラ・マシーンが入ったパッケージを持ってきた。それをIngar が試しにスネア・ドラムの上に置いて、私はアコースティック・ギターを弾いた。スネア・ドラムの上でタブラ・マシーンが振動しているのに合わせて、とてもシンプルな開放弦のギター・コードを弾くとものすごく素晴らしい音になった。これを多分5分ぐらいやった。Ingar はタブラ・マシーンにリズムを入れて、同時にそれに合わせて自分でドラムを叩いた。私はゆっくりと、別のテンポでギターのコードを弾いた。とてもいい音だった。その瞬間、Ingar と私にまったく新しいい世界が開けたのだ。Tonny(注:Antonio)のベースの弾き方を知っていたので、Ingar と私はベースが素晴らしく合うはずだとすぐに思った。Tonny と一回会って幾つかのアイデアを見つけ、それがHuntsville の始まりとなった。随分と運が良かったと思う。
by invs
| 2014-01-12 11:06
| Huntsville