2014年 10月 14日
LUX - Unni Løvlid & Håkon Thelin 来日ツアー - 本日二日目 |
昨夜が初日だったReal & True Live Series、LUX - Unni Løvlid & Håkon Thelin 来日ツアー、二日目の今日は京都のライヴハウス RAG で開催される。既にサウンドチェックが始まった。
昨夜の金沢「もっきりや」の公演はあらゆる意味で画期的だった。軽い意味での、ただ「いい」というレベルのコンサートではない。もちろん、単なる「ジャンル横断・融合」とか「新しい音楽」というよくある触れ込み的内容とも違う。言葉では尽くせないというのが正直なところだが、それではBlog にならない。感想を書いておく。
サウンドチェック後に雑談していたとき、「レパートリーは無限にある」、「それは同じ曲でも歌うやり方やダブルベースの弾き方が違うから」、「一回しかライヴで演奏したことのない曲もある」などと聞いていた。歌詞はある程度決まっていて、それのための主旋律はある程度一定なのだが、抑揚だけでなく、音程を変えたり、スキャット的にインプロの歌を入れる。どこの部分で歌が始まるかは決まっていない場合もあり、その前後に入るダブルベースのバッキング・フレーズも毎回異なる。ベースの主旋律はあるようなないような、インプロのような決まりもあるような、自由度は高いが、だからといって無節操なフリーな旋律ではない。あるところではベースがハルダンゲル・フィドルのように使われ、またあるところでは特殊倍音奏法によりとてもダブルベースサウンドとは思われない音が作られる。曲によっては、バックにUnni が使うプリ・プログラムされたサウンド・サンプルが重ねられたり、それとデュエットしたりといろいろ変わる。ただ、全体としてはシンプルなノルウエーの伝統フォークの歌唱がリードし、極めて落ち着いた、深い文化を感じさせる。キリスト教による教化以前のプリミティヴなヨーロッパの世界を彷彿させ、そういう意味ではワールド・ミュージック化する前の原始ケルト音楽と兄弟姉妹の感覚も味わえる。但し、ダブルベースが現代音楽の技巧と素養の上にアニミズム的理解を十分に湛えているため、単純なフォークロアや伝統フォークとも明らかに異なる。ダブルベースの伴奏がなく、独唱された曲もあったが、独唱でない曲であっても、ダブルベースはUnni の歌声に漂う原始性をまったく妨げることなく、むしろそれを強化するようなニュアンスで演奏される。新たな期が明確に画される。トラッドの「引き継ぎ」ではなく、未知の音環境に置いて「再生」させる、そういう試みを強く感じた。ルーツ・ミュージックの真剣な再生だ。真の剣(つるぎ)だから、間違えば「切れて」自分たちの存在が危うくなる可能性もある。そこを敢えてトライし、独創の上に美を纏わせる。
抽象度に置いてはアクロバティックな、しかし発現されている音楽としてはシンプルで心に滲みる、真の芸術音楽ここにあり。
昨夜の金沢「もっきりや」の公演はあらゆる意味で画期的だった。軽い意味での、ただ「いい」というレベルのコンサートではない。もちろん、単なる「ジャンル横断・融合」とか「新しい音楽」というよくある触れ込み的内容とも違う。言葉では尽くせないというのが正直なところだが、それではBlog にならない。感想を書いておく。
サウンドチェック後に雑談していたとき、「レパートリーは無限にある」、「それは同じ曲でも歌うやり方やダブルベースの弾き方が違うから」、「一回しかライヴで演奏したことのない曲もある」などと聞いていた。歌詞はある程度決まっていて、それのための主旋律はある程度一定なのだが、抑揚だけでなく、音程を変えたり、スキャット的にインプロの歌を入れる。どこの部分で歌が始まるかは決まっていない場合もあり、その前後に入るダブルベースのバッキング・フレーズも毎回異なる。ベースの主旋律はあるようなないような、インプロのような決まりもあるような、自由度は高いが、だからといって無節操なフリーな旋律ではない。あるところではベースがハルダンゲル・フィドルのように使われ、またあるところでは特殊倍音奏法によりとてもダブルベースサウンドとは思われない音が作られる。曲によっては、バックにUnni が使うプリ・プログラムされたサウンド・サンプルが重ねられたり、それとデュエットしたりといろいろ変わる。ただ、全体としてはシンプルなノルウエーの伝統フォークの歌唱がリードし、極めて落ち着いた、深い文化を感じさせる。キリスト教による教化以前のプリミティヴなヨーロッパの世界を彷彿させ、そういう意味ではワールド・ミュージック化する前の原始ケルト音楽と兄弟姉妹の感覚も味わえる。但し、ダブルベースが現代音楽の技巧と素養の上にアニミズム的理解を十分に湛えているため、単純なフォークロアや伝統フォークとも明らかに異なる。ダブルベースの伴奏がなく、独唱された曲もあったが、独唱でない曲であっても、ダブルベースはUnni の歌声に漂う原始性をまったく妨げることなく、むしろそれを強化するようなニュアンスで演奏される。新たな期が明確に画される。トラッドの「引き継ぎ」ではなく、未知の音環境に置いて「再生」させる、そういう試みを強く感じた。ルーツ・ミュージックの真剣な再生だ。真の剣(つるぎ)だから、間違えば「切れて」自分たちの存在が危うくなる可能性もある。そこを敢えてトライし、独創の上に美を纏わせる。
抽象度に置いてはアクロバティックな、しかし発現されている音楽としてはシンプルで心に滲みる、真の芸術音楽ここにあり。
by invs
| 2014-10-14 17:01
| LUX

