2014年 12月 10日
Arvvas 来日ツアー - 二日目は柏の Nardis |
Arvvas 来日ツアーは二日目に入った。昨日は成田空港に到着したその足で上越に向かい、公演となった。疲れも見せず大変いいコンサートだった。
Arvvas の音楽を一言で表すのは難しい。敢えて誤解を招く危険を顧みずに言えば、「人の声と歌の魅力」になるのではないか。ヨイクというサーミ族独特の吟詠方法があり、それを現代の歌として成立させるために西洋的な曲構成なり楽器使用(ダブルベース)がまずある。それに加えて、西洋音楽の一つの代表としての60-70 年代的ポップ・ロック・ブルース・カントリー音楽をベースにしたもう一つ別の西洋的歌詞と旋律やリズムがある。これら両者が一つの曲の中で互いに敬意を払いつつ、時に補完的に、時に錯綜しながら流れていく。「非西洋と西洋」、別の見方として西洋音楽の遡源としてのキリスト教を考慮するならば、「非キリスト教的音楽世界とキリスト教的音楽世界」が不思議な調和を見出す。80年代以降のワールド・ミュージックが試行錯誤しながら非西洋と西洋の融合をはかったとき、ともすれば非西洋が西洋に取り込まれる感覚があった。2000年代に入り、その傾向も一段落し、一種揺り戻しとしての非西洋の強化が見られるようになった。そして、ここに至り、Arvvas を見ると、遂に両者は平和的、音楽的に安定した関係に入ったかのように見える。
なぜArvvas で可能になったのか。まずはSara とSteinar に見るように世代交代が進み、もはや非西洋と西洋の境界自体がミュージシャン本人にとってかつてほどの断絶をもって眺められていないことがある。Sara はサーミ族出身だが、サーミ語以外にも普通にノルウェー語を話す「ノルウェー人」であり、ヨイクを伝統的に受け継ぐ血筋の生まれながら現代の西洋音楽を子供の頃から聴いて育っている。それ故、彼女がリードヴォーカルとして参加していたAdjagas というデュオ・グループでは、ヨイクだけでは表現できない、「世界向け」の音楽が創造されていた。Steinar は父方はノルウェー出身だが、母方はアルゼンチン出身で、家庭自体がワールド的環境にあったところ、子供の頃からダブルベースを演奏し、Bob Dylan をはじめ、アメリカの60-70年代ヒット曲を普通に口ずさんでいた。二つ目に、Steinar がジャズ教育で知られるノルウェーの名門トロンハイム音楽院で鍛えられ、音楽院時代から様々なバンドで演奏しジャズの真髄を学んでいったことが挙げられよう。ダブルベースをバックに一人で歌を歌うというソロ活動に入った段階で、ミニマムなベースラインの上に豊かなヴォーカル表現をのせるという曲芸が既に完成の域に達していた。あくまで歌が主役ではあるが、それを映えさせるベースの技は大技も小技もすべて納得がいくレベルのものであった。一方、ソロ活動に入る前からサーミのヨイク歌手、故 Inga Juuso とSkaidi という名前のデュオを持ち、非西洋のヨイクを西洋的ベースラインとどう融和させるかについてさんざん勉強していた。これらの下地の上に Sara とSteinar の音楽的出会いがある(中を継いだのはSara をSteinar に推薦したInga Juuso)。
なるべくしてなったというのが本当のところだろう。Arvvas は一晩では生まれ得ない。
今日、ツアー二日目は柏にある Nardis でライヴだ。こじんまりしたジャズ・クラブで、まさに目の前でライヴが堪能できる。昨夜同様、Nardis でも完全アコースティック演奏になると思う(会場でサウンドチェックをした上でPA を使うかどうか決めるが)。大勢の方のご来場をお待ちしている。
Arvvas の音楽を一言で表すのは難しい。敢えて誤解を招く危険を顧みずに言えば、「人の声と歌の魅力」になるのではないか。ヨイクというサーミ族独特の吟詠方法があり、それを現代の歌として成立させるために西洋的な曲構成なり楽器使用(ダブルベース)がまずある。それに加えて、西洋音楽の一つの代表としての60-70 年代的ポップ・ロック・ブルース・カントリー音楽をベースにしたもう一つ別の西洋的歌詞と旋律やリズムがある。これら両者が一つの曲の中で互いに敬意を払いつつ、時に補完的に、時に錯綜しながら流れていく。「非西洋と西洋」、別の見方として西洋音楽の遡源としてのキリスト教を考慮するならば、「非キリスト教的音楽世界とキリスト教的音楽世界」が不思議な調和を見出す。80年代以降のワールド・ミュージックが試行錯誤しながら非西洋と西洋の融合をはかったとき、ともすれば非西洋が西洋に取り込まれる感覚があった。2000年代に入り、その傾向も一段落し、一種揺り戻しとしての非西洋の強化が見られるようになった。そして、ここに至り、Arvvas を見ると、遂に両者は平和的、音楽的に安定した関係に入ったかのように見える。
なぜArvvas で可能になったのか。まずはSara とSteinar に見るように世代交代が進み、もはや非西洋と西洋の境界自体がミュージシャン本人にとってかつてほどの断絶をもって眺められていないことがある。Sara はサーミ族出身だが、サーミ語以外にも普通にノルウェー語を話す「ノルウェー人」であり、ヨイクを伝統的に受け継ぐ血筋の生まれながら現代の西洋音楽を子供の頃から聴いて育っている。それ故、彼女がリードヴォーカルとして参加していたAdjagas というデュオ・グループでは、ヨイクだけでは表現できない、「世界向け」の音楽が創造されていた。Steinar は父方はノルウェー出身だが、母方はアルゼンチン出身で、家庭自体がワールド的環境にあったところ、子供の頃からダブルベースを演奏し、Bob Dylan をはじめ、アメリカの60-70年代ヒット曲を普通に口ずさんでいた。二つ目に、Steinar がジャズ教育で知られるノルウェーの名門トロンハイム音楽院で鍛えられ、音楽院時代から様々なバンドで演奏しジャズの真髄を学んでいったことが挙げられよう。ダブルベースをバックに一人で歌を歌うというソロ活動に入った段階で、ミニマムなベースラインの上に豊かなヴォーカル表現をのせるという曲芸が既に完成の域に達していた。あくまで歌が主役ではあるが、それを映えさせるベースの技は大技も小技もすべて納得がいくレベルのものであった。一方、ソロ活動に入る前からサーミのヨイク歌手、故 Inga Juuso とSkaidi という名前のデュオを持ち、非西洋のヨイクを西洋的ベースラインとどう融和させるかについてさんざん勉強していた。これらの下地の上に Sara とSteinar の音楽的出会いがある(中を継いだのはSara をSteinar に推薦したInga Juuso)。
なるべくしてなったというのが本当のところだろう。Arvvas は一晩では生まれ得ない。
今日、ツアー二日目は柏にある Nardis でライヴだ。こじんまりしたジャズ・クラブで、まさに目の前でライヴが堪能できる。昨夜同様、Nardis でも完全アコースティック演奏になると思う(会場でサウンドチェックをした上でPA を使うかどうか決めるが)。大勢の方のご来場をお待ちしている。
by invs
| 2014-12-10 10:15
| Arvvas