2016年 04月 25日
Thierry Lang, Heiri Känzig, Andi Pupato Trio - 公演感想 |
Thierry Lang, Heiri Känzig, Andi Pupato Trio による日本公演が終了した。短いツアー期間だったが、充実した内容だった。このスイスのトリオは現在のメンバー構成になってから二枚のアルバムを出しているが、二枚目のリリース記念として来日した。
以下、三回の公演を見た感想を書いておく。以前の来日時にも書いているので、一部内容が重複する部分があるかもしれない。
何と言っても、このピアノ・トリオは Thierry Lang の作曲が肝だ。ジャズ・ピアノの、それもヨーロッパのクラシックの影響を受けた品のある音楽だ。そこには Thierry のメロディックな、ロマンティシズム溢れるフレーズがそこかしこに散りばめられている。少し間違えれば、モダン・ジャズ・マニア的な批評筋からは「よくあるピアノ・トリオの音」として片づけられてしまう危険性を持つほど、一般の人にとってはジャズへのアクセスが最もしやすい音楽だろう。この一見、「わかりやすい」音の裏には実は「入念に練られた」作曲がある。大勢の人を納得させる一般性を創り出すと同時に音楽的には妥協を許さない先進性をどう保つか。これは実際には大変難しい。どこか聞いたことがあるようなフレーズは、コピーしていると揶揄される。逆にアヴァンギャルドな音の連続には普通の人はついて行けない。Thierry の作曲は、一般性をできるだけ確保する方向でジャズという怪物をどう手なずけるかに腐心している。
このバンドの特徴は、そうした作曲の方向性が決まった上で、そこで満足せず、ピアノで作曲された曲を、基本構造とメロディーを維持しながらも、いい意味で「崩す」ことに成功していることにある。ダブル・ベースのHeiri Känzig のソロはその最たるものだ。メロディックな曲の途中で、基本旋律から始まり、それを継承しながら徐々に崩していき、壊しの頂点まで行く道のりはまさに序破急だ。その後、元のピアノの基本旋律に戻すまでの彼の技は一流の上を行くと言っても過言ではない。Andi Pupato のパーカッションも、ピアノ・トリオの模擬的崩壊を担っている。だいたい、ドラム類をほとんど叩かないパーカッション・プレイヤーをピアノ・トリオに入れるという判断が普通ではない。ハイハットがない、バスドラもない、テンションを出すのに頻繁に使われるライド・シンバルが普通のやり方では登場しない。これでどうやってトリオをドライヴするのかというのが一般的な感想だろう。通常のピアノ・トリオではドラマーはリズムの決定で大きな役割を持つ。Andi はむしろバンドをドライヴせず、バンドに寄り添う。多種多様なパーカッションを駆使して、Thierry の作曲に意外な彩りを与えていく。モーターではなく、デコレーションが彼の方向だ。
ここまで書いて気づいたが、このトリオはメンバー構成が、通常のピアノ・トリオの概念(「ピアノ・ジャズをやるのであればこのやり方がベスト」)を覆しながらも、ジャズの基本である「崩し」には忠実であることだ。一般的なピアノ・トリオの概念の枠内で崩すのではなく、より大きい「ジャズの概念の枠内」で崩しているわけだ。
Thierry の作曲の底辺には過去の名作曲家によって築かれたピアノ・ジャズの定石の積み重ねがある。その上にThierry やバンドとしてのオリジナリティーをどう入れるかが問われる。あまたのジャズ・ミュージシャンが活躍する中、ここをうまくやらねば世界で勝負できない。今回の来日コンサートを見て、それも軌道に乗ってきたような感じがする。昨夜の経堂公演において演奏された新曲 "Moby Dick" の冒頭部分の絶妙なアンサンブルはこのトリオが新領域に入ったことを示していた。
以下、三回の公演を見た感想を書いておく。以前の来日時にも書いているので、一部内容が重複する部分があるかもしれない。
何と言っても、このピアノ・トリオは Thierry Lang の作曲が肝だ。ジャズ・ピアノの、それもヨーロッパのクラシックの影響を受けた品のある音楽だ。そこには Thierry のメロディックな、ロマンティシズム溢れるフレーズがそこかしこに散りばめられている。少し間違えれば、モダン・ジャズ・マニア的な批評筋からは「よくあるピアノ・トリオの音」として片づけられてしまう危険性を持つほど、一般の人にとってはジャズへのアクセスが最もしやすい音楽だろう。この一見、「わかりやすい」音の裏には実は「入念に練られた」作曲がある。大勢の人を納得させる一般性を創り出すと同時に音楽的には妥協を許さない先進性をどう保つか。これは実際には大変難しい。どこか聞いたことがあるようなフレーズは、コピーしていると揶揄される。逆にアヴァンギャルドな音の連続には普通の人はついて行けない。Thierry の作曲は、一般性をできるだけ確保する方向でジャズという怪物をどう手なずけるかに腐心している。
このバンドの特徴は、そうした作曲の方向性が決まった上で、そこで満足せず、ピアノで作曲された曲を、基本構造とメロディーを維持しながらも、いい意味で「崩す」ことに成功していることにある。ダブル・ベースのHeiri Känzig のソロはその最たるものだ。メロディックな曲の途中で、基本旋律から始まり、それを継承しながら徐々に崩していき、壊しの頂点まで行く道のりはまさに序破急だ。その後、元のピアノの基本旋律に戻すまでの彼の技は一流の上を行くと言っても過言ではない。Andi Pupato のパーカッションも、ピアノ・トリオの模擬的崩壊を担っている。だいたい、ドラム類をほとんど叩かないパーカッション・プレイヤーをピアノ・トリオに入れるという判断が普通ではない。ハイハットがない、バスドラもない、テンションを出すのに頻繁に使われるライド・シンバルが普通のやり方では登場しない。これでどうやってトリオをドライヴするのかというのが一般的な感想だろう。通常のピアノ・トリオではドラマーはリズムの決定で大きな役割を持つ。Andi はむしろバンドをドライヴせず、バンドに寄り添う。多種多様なパーカッションを駆使して、Thierry の作曲に意外な彩りを与えていく。モーターではなく、デコレーションが彼の方向だ。
ここまで書いて気づいたが、このトリオはメンバー構成が、通常のピアノ・トリオの概念(「ピアノ・ジャズをやるのであればこのやり方がベスト」)を覆しながらも、ジャズの基本である「崩し」には忠実であることだ。一般的なピアノ・トリオの概念の枠内で崩すのではなく、より大きい「ジャズの概念の枠内」で崩しているわけだ。
Thierry の作曲の底辺には過去の名作曲家によって築かれたピアノ・ジャズの定石の積み重ねがある。その上にThierry やバンドとしてのオリジナリティーをどう入れるかが問われる。あまたのジャズ・ミュージシャンが活躍する中、ここをうまくやらねば世界で勝負できない。今回の来日コンサートを見て、それも軌道に乗ってきたような感じがする。昨夜の経堂公演において演奏された新曲 "Moby Dick" の冒頭部分の絶妙なアンサンブルはこのトリオが新領域に入ったことを示していた。
by invs
| 2016-04-25 12:36
| Lang/Känzig/Pupato

