2017年 10月 05日
Music & Media に参加 - 日本を考える |
Helsinki でのミュージシャンとの打合せも終わり、昨日 Tampere (タンペレ)に入った。
今日から始まる Music & Media はカンヌで開催される国際的な音楽イヴェントの次に歴史がある。欧米、日本、その他各国の代表が集まり、発表を聞き、意見交換し、議論やネットワーキングをして過ごす。これらと平行してフィンランドのミュージシャンが出演する様々なコンサートが数か所の会場で開催される。濃密な三日間だ。
大沢は今日午後、日本市場についてのパネル・ディスカッションにパネリストとして参加する。今年の4月にエストニアで開催された Tallinn Music Week でも同様だったが、北欧の音楽関係者の日本に対する関心は高い。レーベルや音楽団体もさることながら、ミュージシャン自身が日本での演奏を欲していることに起因している。
日本が歴史の中で培ってきた様々な芸術は極めて洗練度が高い。海外のミュージシャンや他の領域のアーティストはそれらを肌身で感じとれる。それ故、それら芸術を育んだ日本という国と文化に高い関心を寄せる。できれば日本に一回でも行き、自分のアート(音楽)を提示してみたい。そう思うのは当然だろう。
翻って、日本での芸術に対する一般認識や国家政策はどうだろうか。古典芸能、例えば歌舞伎、能、雅楽、狂言、文楽、日本舞踊、邦楽、落語、講談、或いは書道、邦画、茶道、華道といったものは日本の伝統芸能・伝統文化としてそれなりに認知されているが、クラシック音楽を除いて、明治以降に海外から入ってきたものは軽んじられていないか。芸術としての歴史が浅いというのがその根拠になっているのかも知れないが、あと300-400年も経てば、ポップもロックもジャズも(そういうジャンル分けがその頃成立しているか疑問だが)「新しい」とは言えまい。
雅楽は中国や朝鮮での音楽が渡来したものを多く継承して発展させたものだ。そういう意味では「輸入」ものだ。書道や茶道の元となる文物も中国からの「輸入」だ。日本で発展した芸術の根幹には多かれ少なかれ「輸入」ものが関わっている。国を超えた文化交流というのは最近のことではない。長いスパンで見れば雅楽もポップも同類だ。
フィンランドをはじめヨーロッパでは、古典的なものだけでなく20世紀以降に生まれたものも正しく芸術として評価する社会認識が確立している。それ故、ポップ・ロック・ジャズ・ワールドミュージックなどを包含した Music & Media という国際イヴェントも単なるお祭りでなく、真剣に現在から将来を見渡す場として機能する。日本での音楽フェスティヴァルがコンサートや「お祭りの場」としてとどまっている限りは、日本の古典文化と現在進行形「明治以降の文化」との乖離は続かざるを得ないだろう。
今日から始まる Music & Media はカンヌで開催される国際的な音楽イヴェントの次に歴史がある。欧米、日本、その他各国の代表が集まり、発表を聞き、意見交換し、議論やネットワーキングをして過ごす。これらと平行してフィンランドのミュージシャンが出演する様々なコンサートが数か所の会場で開催される。濃密な三日間だ。
大沢は今日午後、日本市場についてのパネル・ディスカッションにパネリストとして参加する。今年の4月にエストニアで開催された Tallinn Music Week でも同様だったが、北欧の音楽関係者の日本に対する関心は高い。レーベルや音楽団体もさることながら、ミュージシャン自身が日本での演奏を欲していることに起因している。
日本が歴史の中で培ってきた様々な芸術は極めて洗練度が高い。海外のミュージシャンや他の領域のアーティストはそれらを肌身で感じとれる。それ故、それら芸術を育んだ日本という国と文化に高い関心を寄せる。できれば日本に一回でも行き、自分のアート(音楽)を提示してみたい。そう思うのは当然だろう。
翻って、日本での芸術に対する一般認識や国家政策はどうだろうか。古典芸能、例えば歌舞伎、能、雅楽、狂言、文楽、日本舞踊、邦楽、落語、講談、或いは書道、邦画、茶道、華道といったものは日本の伝統芸能・伝統文化としてそれなりに認知されているが、クラシック音楽を除いて、明治以降に海外から入ってきたものは軽んじられていないか。芸術としての歴史が浅いというのがその根拠になっているのかも知れないが、あと300-400年も経てば、ポップもロックもジャズも(そういうジャンル分けがその頃成立しているか疑問だが)「新しい」とは言えまい。
雅楽は中国や朝鮮での音楽が渡来したものを多く継承して発展させたものだ。そういう意味では「輸入」ものだ。書道や茶道の元となる文物も中国からの「輸入」だ。日本で発展した芸術の根幹には多かれ少なかれ「輸入」ものが関わっている。国を超えた文化交流というのは最近のことではない。長いスパンで見れば雅楽もポップも同類だ。
フィンランドをはじめヨーロッパでは、古典的なものだけでなく20世紀以降に生まれたものも正しく芸術として評価する社会認識が確立している。それ故、ポップ・ロック・ジャズ・ワールドミュージックなどを包含した Music & Media という国際イヴェントも単なるお祭りでなく、真剣に現在から将来を見渡す場として機能する。日本での音楽フェスティヴァルがコンサートや「お祭りの場」としてとどまっている限りは、日本の古典文化と現在進行形「明治以降の文化」との乖離は続かざるを得ないだろう。
by invs
| 2017-10-05 15:19