2017年 12月 03日
AR-GOD 公演感想 |
遅くなったが、10月に来日したウドゥムルト/エストニアの AR-GOD のライヴ感想を書いておく。音楽を語る言葉には限界があるが、まったく語らないのは音楽のためにならない。
以下は 10/18、柏 Nardis でのライヴについての個人的感想だ。この公演は AR-GOD のメンバーの二人が不在で実質 Maria Karepanova 一人によるライヴとなった。本人には大変なプレッシャーだったはずだが、ものの見事に大役を果たした。ウドゥムルト文化大使と言ってもいい過ぎではないほど熱演し、かつ丁寧に歌や曲の背景をそれらの歴史などとともに説明していた。
最初にMaria が歌ったのは、ウドゥムルト北西部に住むべセルマンのkrezh(クレーシュ)と呼ばれる古代即興歌だった。手にはフレーム・ドラムとそれを叩くマレットがあった。Maria は曲によって驚くほど異なる歌唱法、音色、声質、音域を使い分けるが、この曲では中域より低い音程で歌っていた。曲の初めと終わりが鳥の声の声色になっていて、いかにも古代的な雰囲気のある曲だった。Maria の話ではウドゥムルト北西部には千人ほどのべセルマンが住んでいるという。ここは隣国のTatarstan(タタールスタン)の影響を受けている。ウドゥムルトは内陸国で、周囲をロシア連邦州の他、バシコルトスタン共和国とタタールスタン共和国に接している。ウドゥムルト共和国には実に150 の民族が住んでいるとMaria は説明していた。
Maria は15 年ほどウドゥムルト文化を勉強したが、それ以前はいわゆるアカデミックな西洋クラシック音楽を勉強していたそうだ。そのギャップは相当のものだったに違いない。
二曲目は歓迎歌だった。歌と口琴で演奏された。
三曲目は嫁に行った友達と楽しむ曲で、エストニアの伝統楽器「カンネル」とともに歌われた。
次に歌われた曲には裏声的な発声が使われ、少々ダークな感じの独唱だった(南部ウドゥムルト)。一緒に口琴が使われていた。続けて歌われた曲の発声はガラリと変わって明るくなり、手拍子が入ったが、この手拍子は裏の拍にビートが来る面白いものだった(北部ウドゥムルト)。これらの曲が始まる前、前もってMaria が説明していたのは、北部ウドゥムルトではポリフォニーが、南部ウドゥムルトではモノフォ二ー(一声部)が歌として使われるということだった。
五曲目は「蜂のおまじない」の曲だと言って紹介されたものだった。アルバムのライナーノーツでは『どのように気遣い、それに従ってどうするか人間が知っていれば、その良き友となる「蜂鳥」が必要であることを認めた古代の蜂呪術。珍しい、ほとんど忘れ去られた歌の一種。』と説明されている。ここでは歌が始まる前に口琴が使われた。
六曲目はべセルマンの「秋のクレーシュ」としてMaria が紹介した。孤児の歌で、これはフレーム・ドラムと一緒に歌われた。
七曲目は「麗しき人生」を祝福する歌で、これもクレーシュだった。古代即興歌で、歌詞は自由にその場その場で作っていける。よって、場合によってはどんどん歌いながら長くできる。Kirov 地域(現在はロシアのKirov Oblast 州)の曲で、ここにもウドゥムルト語話者が住んでいる。
八曲目は南ウドゥムルト地方の「来訪者の歌」だった。ウドゥムルト版ロミオとジュリエットとMaria は説明していた。歌はウドゥムルトにあるカラマスピリガという村の由縁を説く内容になっている。カラマスというタタール人とピリガというウドゥムルト人が結婚を許されず駆け落ちして落ち着いた村がカラマスピリガという村だったという話だ。この歌はもともと村人の一人が個人的に作った歌だったという。当時は各人が持ち歌を持って歌うことが普通に行われていた。
九曲目はカラマスピリガ村の曲だった。ナイチンゲールが鳴くことを歌う悲しい曲だ。古代、人が亡くなると鳥や動物になると信じられていた。ウドゥムルトでは七十の部族それぞれに守り神として木、動物、鳥などがあったそうだ。
十曲目は、昔、楽器を持てる余裕がない一般の人々が、楽器の代わりに声で楽器の音色をまねて歌った曲だった。「シュスリ、カーレ、ゼッケ、ハーラ」とか「ソッティ、オッティ、ポーゴ、ライ」という「まね」の音を声を出して何回も何回も掛け合う。会場のオーディエンスも参加した歌だった。ステージでは後半、Maria が足の動きに特徴がある「ウドゥムルト・ダンス」を披露した。
十一曲目は長いメロディーの曲だった(曲名と曲調はメモを取り忘れ)。Maria はステージで、同じウドゥムルト共和国内でも、ウドゥムルト人は内向的で、べセルマンは外向的だと言っていた。
十二曲目は、伝統楽器の一穴笛(もともと空洞のある木を使った。但し、今回持参したのはその簡略版・現代版)の演奏だった。結婚式のお祭りで若い女性が踊るが、それはそれぞれの結婚式の服を見せる行事でもあった。それぞれ工夫を凝らし、服には銀のコインが胸、首、腕など脈のある部分にたくさん付けられている。このコインが踊りで揺れて音を盛んに出すが、この音が悪霊を払う。
Maria が証明したのは、歌だけで立派に成立するホンモノのライヴだった。人間の声が持つ力は決してあなどれない。
photo:前沢春美(写真は10/21 東京公演のもの)
以下は 10/18、柏 Nardis でのライヴについての個人的感想だ。この公演は AR-GOD のメンバーの二人が不在で実質 Maria Karepanova 一人によるライヴとなった。本人には大変なプレッシャーだったはずだが、ものの見事に大役を果たした。ウドゥムルト文化大使と言ってもいい過ぎではないほど熱演し、かつ丁寧に歌や曲の背景をそれらの歴史などとともに説明していた。
最初にMaria が歌ったのは、ウドゥムルト北西部に住むべセルマンのkrezh(クレーシュ)と呼ばれる古代即興歌だった。手にはフレーム・ドラムとそれを叩くマレットがあった。Maria は曲によって驚くほど異なる歌唱法、音色、声質、音域を使い分けるが、この曲では中域より低い音程で歌っていた。曲の初めと終わりが鳥の声の声色になっていて、いかにも古代的な雰囲気のある曲だった。Maria の話ではウドゥムルト北西部には千人ほどのべセルマンが住んでいるという。ここは隣国のTatarstan(タタールスタン)の影響を受けている。ウドゥムルトは内陸国で、周囲をロシア連邦州の他、バシコルトスタン共和国とタタールスタン共和国に接している。ウドゥムルト共和国には実に150 の民族が住んでいるとMaria は説明していた。
Maria は15 年ほどウドゥムルト文化を勉強したが、それ以前はいわゆるアカデミックな西洋クラシック音楽を勉強していたそうだ。そのギャップは相当のものだったに違いない。
二曲目は歓迎歌だった。歌と口琴で演奏された。
三曲目は嫁に行った友達と楽しむ曲で、エストニアの伝統楽器「カンネル」とともに歌われた。
次に歌われた曲には裏声的な発声が使われ、少々ダークな感じの独唱だった(南部ウドゥムルト)。一緒に口琴が使われていた。続けて歌われた曲の発声はガラリと変わって明るくなり、手拍子が入ったが、この手拍子は裏の拍にビートが来る面白いものだった(北部ウドゥムルト)。これらの曲が始まる前、前もってMaria が説明していたのは、北部ウドゥムルトではポリフォニーが、南部ウドゥムルトではモノフォ二ー(一声部)が歌として使われるということだった。
五曲目は「蜂のおまじない」の曲だと言って紹介されたものだった。アルバムのライナーノーツでは『どのように気遣い、それに従ってどうするか人間が知っていれば、その良き友となる「蜂鳥」が必要であることを認めた古代の蜂呪術。珍しい、ほとんど忘れ去られた歌の一種。』と説明されている。ここでは歌が始まる前に口琴が使われた。
六曲目はべセルマンの「秋のクレーシュ」としてMaria が紹介した。孤児の歌で、これはフレーム・ドラムと一緒に歌われた。
七曲目は「麗しき人生」を祝福する歌で、これもクレーシュだった。古代即興歌で、歌詞は自由にその場その場で作っていける。よって、場合によってはどんどん歌いながら長くできる。Kirov 地域(現在はロシアのKirov Oblast 州)の曲で、ここにもウドゥムルト語話者が住んでいる。
八曲目は南ウドゥムルト地方の「来訪者の歌」だった。ウドゥムルト版ロミオとジュリエットとMaria は説明していた。歌はウドゥムルトにあるカラマスピリガという村の由縁を説く内容になっている。カラマスというタタール人とピリガというウドゥムルト人が結婚を許されず駆け落ちして落ち着いた村がカラマスピリガという村だったという話だ。この歌はもともと村人の一人が個人的に作った歌だったという。当時は各人が持ち歌を持って歌うことが普通に行われていた。
九曲目はカラマスピリガ村の曲だった。ナイチンゲールが鳴くことを歌う悲しい曲だ。古代、人が亡くなると鳥や動物になると信じられていた。ウドゥムルトでは七十の部族それぞれに守り神として木、動物、鳥などがあったそうだ。
十曲目は、昔、楽器を持てる余裕がない一般の人々が、楽器の代わりに声で楽器の音色をまねて歌った曲だった。「シュスリ、カーレ、ゼッケ、ハーラ」とか「ソッティ、オッティ、ポーゴ、ライ」という「まね」の音を声を出して何回も何回も掛け合う。会場のオーディエンスも参加した歌だった。ステージでは後半、Maria が足の動きに特徴がある「ウドゥムルト・ダンス」を披露した。
十一曲目は長いメロディーの曲だった(曲名と曲調はメモを取り忘れ)。Maria はステージで、同じウドゥムルト共和国内でも、ウドゥムルト人は内向的で、べセルマンは外向的だと言っていた。
十二曲目は、伝統楽器の一穴笛(もともと空洞のある木を使った。但し、今回持参したのはその簡略版・現代版)の演奏だった。結婚式のお祭りで若い女性が踊るが、それはそれぞれの結婚式の服を見せる行事でもあった。それぞれ工夫を凝らし、服には銀のコインが胸、首、腕など脈のある部分にたくさん付けられている。このコインが踊りで揺れて音を盛んに出すが、この音が悪霊を払う。
Maria が証明したのは、歌だけで立派に成立するホンモノのライヴだった。人間の声が持つ力は決してあなどれない。

by invs
| 2017-12-03 12:05
| AR-GOD

