2025年 01月 17日
Bill Bruford (ビル・ブルーフォード)の新たなインタヴュー |
昨年 12/31 、イギリスのプログレ・ウエブ・サイト Progradar に John Wenlock-Smith による Bill Bruford (ビル・ブルーフォード)の新たなインタヴューが掲載された。その中より興味深い内容を抜粋、和訳する。

John Wenlock-Smith : 長く輝かしいキャリアの中で、あなたはプログレッシブ・ロックの主要なアーティストの多くと仕事をしてきました。最も印象に残ったのはどれですか?
Bill Bruford: 最初の頃、YES では私は目を輝かせ、ふさふさした尾を持ち、傲慢で、自分の能力に夢中で、自分が何も知らないとは分かっていなかった。 1972 年に King Crimsonで Jamie Muir(ジェイミー・ムアー)に出会って初めて、私は音楽のよちよち歩きを始めた。そのとき Jamie は、音楽は私に奉仕するために存在しているのではなく、音楽に奉仕するために存在しているのだと、辛抱強く私に説明してくれた。誰が知っていたでしょう!?数年間クリムゾン工場を経験する頃には、私は少し落ち着くことを学び、音楽が求めていない場合は演奏しないことさえできるようになった。Genesis では、私はサイドマンであり、新しいアイデアやインプットは必要なかった。だから、簡単だった。UK ではギタリストの Allan Holdsworth (アラン・ホールズワース)が私のお薦めだった。彼は聡明で繊細な人だったので、彼を元気づけてバンドに引き留めようとするだけで私の時間の多くを占めていた。私はこれらすべての状況から学んだ。どれも印象に残った。でも、私は最上級の褒めちぎりはしない。人生はあまりにもいわく言いがたい。
JWS: Allan Holdsworth は、オリジナルの UK と Bruford の両方のラインナップの一員でした。彼との関係はどうでしたか?それはポジティブなものでしたか?
BB: Allan は多くの点で素晴らしいミュージシャンだったが、人間としては気まぐれで変わりやすく、自尊心が低かった。彼を操縦するには多くが必要で、グループの演奏や、その中での彼自身の演奏に常に満足できるとは限らなかった。でも、"In the Dead of Night" であの目もくらむようなソロを弾けるなら、私は地の果てまで行く。
by invs
| 2025-01-17 09:24
| Bill Bruford

