2025年 09月 06日
マイノリティ、「社会的少数者」と音楽 |
日本語でマイノリティと言うと「社会的少数者」を意味する場合が多い。音楽ではあまり使われない。
民族で minority といえば少数民族を指す。日本におけるアイヌ、北欧におけるサーミ/サーメ、中国におけるミャオ族など、今でこそ国家体制が国際的に確立している時代での「国家内の少数民族」だが、昔の国家という地域領有概念が今ほど確立していない時代は、国家の枠を超え民族として広がっていた。
今、日本ツアー中のバンド Söndörgö もハンガリーのマイノリティ(南スラヴ)の音楽を主にそのルーツとして持っている。昨日の東京公演でもステージ上で自分たちの音楽の特徴として minority という言葉が使われてたが、それほどまでに主流(メジョリティ/majority)に対して minority という音楽の在り方は、現代では強い力を持っている。必ずしも売れを狙っていない(その逆もある故)アイヌ、サーミ/サーメ、ミャオ族などの音楽も際立って我々に訴えかけるものがある。
1980 年頃からの世界的な音楽の均質化の中にあって、その対極を行くようなマイノリティの音楽の存在はとても意味のあることだ。均質化は商業化と言ってもいい。なるだけ同じようなものを一度に大量に流した方が効率よく売れる。その流れにいつの間にか「乗って」商売をするのが、「正しい」資本主義の道かのように捉えがちだが、社会にとって本当に意味のあることは何なのかを考えてみれば、そうた易く、「うまく」泳いで生きることはできないはずだ。
Söndörgö の音楽を聴いていると改めて、一般にマイノリティの音楽興行は方法論的には時間がかかり、ぎこちなく、商業的にはなかな難しいが、真の音楽の目指すところが見えて来る。
by invs
| 2025-09-06 13:53
| 「その他」の重さ

