2025年 10月 23日
King Crimson "In the Court of Crimson King" でのバンドとメンバー |
3 年前(2022 年 8月 25日)のインタヴューだが、Robert Fripp が Ian McDonald と Michael Giles の Robert Fripp/King Crimson への影響について語っている。インタヴューはアメリカの雑誌 Guitar World に “Robert Fripp in-depth: his quest to combine Hendrix and Bartók, what made King Crimson ‘problematic’ and why he has ‘no interest in gear at all’” として載った。
興味深いのでここに和訳を載せておく。バンドとその中のメンバー(個人)の関係は、当たり前だが(そうでない場合もある)バンドが個人に優先する(共同体になる)という話だ。当然と言えば当然だが、その共同体としての堅牢さ/緩さが音楽を左右する。
*マクドナルドとジャイルズの影響は、クリムゾン初期のあなたにどのように関わっていたのでしょうか?
『In the Court of Crimson King (クリムゾン・キングの宮殿)』を録音しているとき、彼らが何かコメントをすると、僕はそれに合わせて自分の反応を調整(例えば「ギターを変えた」という意味:訳注)したんだ。だから彼らが去ったときは本当に胸が張り裂ける思いだった。ジャイルズは作曲者ではなかったけれど、アレンジや方向性への貢献は見事なものだった。
僕が 1969 年当時、クリムゾンの中で『クリムゾン・キングの宮殿』において果たしていた主な役割というのは、楽曲を支えるギター・パートを考えることだと自分では思っていた。確かにマクドナルドと(ピーター)シンフィールドが主要な作曲者と言えるかもしれないけれど、そこからジャイルズを除外することはできない。いや、誰も除外できない。5人全員が関わっていたんだ。
アルバムの中の “Moonchild” は、音楽的には 99 パーセントがロバート(=自分)によるものだったけれど、マクドナルドが「G を G#に動かしてみたらどうだろう」と一言提案してくれた。そのアイデアを採用したんだ。これがイアンらしさで、彼にはシンプルなメロディ・フレーズを生み出す天賦の才があった。
だから作曲クレジットについても、本来ならフリップ/シンフィールドとするのが正しかったかもしれないけれど、メンバー全員の名前を載せることにした。実際のところ全員が等しく関わっていたと思ったからね。当時のクリムゾンは間違いなく共同体的なバンドだったし、僕にとってクリムゾンとはずっとそういう存在なんだ。
by invs
| 2025-10-23 11:39

