2026年 05月 03日
「変革の 1968 年」と音楽 |
「変革の 1968 年」については社会的、政治的、文化的にどのようなものだったかについて、多くの本が書かれている。 それらをまとめると以下のようになる。
複数の政治・社会・文化の「臨界点」が世界で同時に噴き出した年だったことが大きい。
ヴェトナム戦争では、この年の一月、いわゆるテト攻勢(南ヴェトナムの首都サイゴンや旧王都フエでも北ヴェトナムとの激しい戦闘が起き、 在サイゴンのアメリカ大使館も一時襲撃される)でアメリカが「勝てる戦争」という認識が崩れ、国家への信頼が揺らいだ。次いで、フランスの学生運動、労働者の大規模ストライキ、政治危機が結びついた「5 月危機」(Mai 68 - メ・ソワサントユイット)が起き、社会構造そのものへの疑問が生じた。「東側」だったチェコスロバキアで「プラハの春」( 1 月から 8 月、社会主義体制の自由化・民主化を目指した改革運動)が弾圧され、 社会主義の理想も崩れた。東西どちらの体制も完全ではないことが露呈した。
それまで信じられていたものとしての「権威の崩壊」 が起きた。国家、政治、イデオロギー、親世代が一斉に疑われた。従うから疑うへ、信じるから批判するへと変化した。この結果、若者文化が変わった。 それまでの若者文化はヒッピーであり、愛と平和であり、「解放」だったが、学生運動の過激化や内部対立が起き、現実との摩擦が多発した。
これらと平行してメディアが大きく人々に影響しだした。テレビが広く普及し、戦争・暴動がリアルタイムで可視化され、人々は初めて「世界の現実」を日常的に見ることとなった。
精神的な転換
これらをまとめると 、1967 年まで世界は変えられる、拡張できる、未来は明るいという気持ちが広く受け入れられていたが、1968 年以降、世界は複雑で制御できない、理想は簡単に壊れると思い始め、不安が常態化した精神状態となっていった。つまり、「楽観の時代」から「不確実性の時代」へ入ったわけだ。
実際、その 1968 年について、特にイギリスの音楽が好きだった 10 代の若者として過ごしていた自分としては、次のことが言える。
音楽
特にイギリスは他の国に比べて、音楽に世の中の反応がストレートにすぐに出た。例えば、The Beatles(中期)や 1967 年までの The Move は拡張志向で色彩豊か、ポップな雰囲気に満ちていた。一方、1968 年に King Crimson がロンドンで、Black Sabbath(The Earth)がバーミンガム結成され、不安・重さ・構造がテーマとなった。The Move による影のある曲 "Blackberry Way" が 1968 年にリリースされたのも象徴的だ。
もちろん「 1967 年以前型」の「楽観的なバンド」はずっと存在し続けたが、 時代の中心はより暗く、内省的で、現実を意識した音楽へシフトしていった。
by invs
| 2026-05-03 12:21
| 「その他」の重さ

