9/4、代官山の「晴れたら空に豆まいて」で行われたArild Andersen(アリルド・アンデルセン/アーリル・アンダーシェン)公演について書いておこう。
実に初来日初日という公演だ。40年以上に亘る音楽活動で知られるモダン・ジャズの巨匠、ノルウェーが誇るダブルベースプレイヤーであり作曲家が遂に日本でライヴを行った。事前告知が短期間だったにもかかわらず、全国各地より熱心なファンが詰めかけた。当日、引き続く酷暑で熱せられたビルの地下の階段に長い列ができ、開場を待った。並んでいただいたファンの方には暑くて大変だった。お詫び申し上げる。
ドラムのPaolo VinaccioとArild のイントロにTommy Smith のサックスが加わる形で始まったコンサートは、スローな曲あり、変拍子あり、エフェクトを多用した弦楽曲風ありと変化に富んだものだった。ほぼ一曲ごとに、Arild が曲を紹介、静かに落ち着いた進行、ヴェテランのみが醸し出す独特の安定感が漂う。客席はArild やメンバーの一挙手一投足を真剣に見つめていた。
ノルウェーの独立100周年を祝うために委嘱された作品 "Independency"の中から Part 3 を演奏したが、エフェクトでループ系の多重演奏をダブルベースのアルコ技法を用いて奥行きのある音空間を作り出していた。ノルウェーのミュージシャン全般に言えるのだが、エフェクトの使い方にまったく嫌味がなく、ごく自然にアコースティック系の音色に溶け込んでいく。それだけ、エフェクトを熟知しているだけでなく、アコースティック楽器の取り扱いに長けているということだ。こういう細部にホンモノの音楽しか持ち得ない隠し味が存在している。
70年代に作られた変拍子の曲"Outhouse"はArild のお気に入りの曲のようだが、実はこの曲ができあがったプロセスにはとても面白いエピソードがある。詳しい話はReal & True ネット放送(Arild にインタヴュー)に委ねるが、中国の欧陽修による諺「三上」、すなわち 馬上、枕上、厠上に関連するものだ。こういうと何か難しい話のように聞こえるかも知れないが、多分Arild の説明を聞けば笑ってしまうだろう。会場では、この曲はかなり受けていた。拍手も多かったように思う。Arild, Tommy, Paoloが高速ユニゾンで変拍子のメロディーラインに沿って演奏する迫力は若手ジャズプレイヤーに全くひけをとらない。
タンゴの曲だと言って紹介した、自分の息子が小さかった時に作った曲は、そのとおりわかりやすいタンゴのリズムとメロディーで、Arild がこの方面の曲についても昔から工夫を重ねてきたことがわかる。
1時間あまりの演奏中、客席では誰一人動かなかった。皆、このノルウェーの大物プレイヤーでありECMレーベルの屋台骨の演奏にじっと聴き入っていた。
photo: 前沢春美